936年に全土を統一する 《歴史・北栄・中国》

朝鮮半島は892年に弓裔により後高句麗が興されて後三国時代に入るが、弓裔の配下にいた王建が高麗を建て、936年に全土を統一する。

統一後すぐに太祖は五代王朝に対して朝貢し、宋が建つと正朔を奉じて冊封国となった。

太祖の統一戦と平行して遼が渤海を滅ぼしており、契丹が宋と争うようになると後背を気にした遼は993年より高麗へと侵攻し、994年に高麗は鴨緑江以南の領土と引き換えに契丹の正朔を報じ、宋との関係は絶たれることになる。

その後しばらくは宋と高麗の関係は絶えたままであったが、神宗の1068年に宋からの非公式の使節が送られ、これに答えて高麗は宋に朝貢をするようになった。

こうして高麗は宋、遼と二重の外交関係を結び、両国の対立を利用して仲介貿易を行い、利益を獲得した。

宋と高麗との間で頻繁に使者が往復し、宋から『文苑英華』・『太平御覧』、高麗からは『宣和奉使高麗図経』が互いに送られた。

また交易のための船も行き来し、北宋が金によって滅ぼされるまで関係は友好的に進んだ。
update:2010年03月09日